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創価学会作成ニセ本尊から解放された元男子部本部長のブログ

元創価学会員で現在は日蓮正宗の信徒です。学会の邪義とニセ本尊から一人でも多くの創価学会員を救うべく活動しています。

 

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超感覚的世界の認識とその条件(メルマガ記事転載)

今回はちょっとおもしろい本を読んでいるので、
紹介したいと思います。

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目次

1、利根と通力に拠るべからず

2、ルドルフ・シュタイナー

3、秘伝の伝授

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1、利根と通力に拠るべからず


「利根と通力には拠るべからず」(唱法華題目抄・御書233頁)
と日蓮大聖人が説かれているように


いわゆる一般的に「超能力」や
「霊感」「スピリチュアル」
と呼ばれている特殊能力については、
それに頼ってはいけないと厳しく禁じられています。


ですが、別に利根や通力の存在を胡散臭い物だとか
否定しているわけではなく、存在は認めているわけです。


その上で、ただ積極的に用いようとしていないだけでね。


だから、あまりこれら特殊能力について知りたいだとか
身につけたいだとかという事は
少し興味はあってもできるだけ避けてきたんですよね。


ところが最近 成功哲学の考え方について学んでいるうちに
ある書物に出会いました。


2、ルドルフ・シュタイナー


それは ルドルフ・シュタイナー
「いかにして超感覚的世界の認識を獲得するか」という本です。


このシュタイナーという人については、
大学の講義や教育史の中で「シュタイナー教育」というのが
出てくるのですが、実は同一人物だったんですね。


だから名前だけは 大学時代から知っていたので、
てっきり教育者として有名なのかと思ったら・・・


実はこの人 教育者としてよりは、
哲学者や神秘学者としての実績がメインだったんですね。


で 今回の話題にするこの本 何やらタイトルからして
スピリチュアル系ですよね。



本屋の棚に並んでいたら、まず手に取ってみる事はないですし、
仮に手に取って中をパラパラめくって読んでも
「神秘学徒」だとか「霊界」なんて言葉が目白押しで
すぐに本棚に戻してしまったことでしょう。(笑)


今回はあくまで 成功哲学を学ぶという視点で
この本を読んでみたのですが、


これが当初の第一印象を良い意味で裏切りまして、
とても参考になることが書いてあるので少し取り上げてみたい
と思います。


ある意味私達にとっては、世間の人がイメージする霊的世界とか
霊的感覚ということについては、
別にそれを否定するような、偏見のようなものは
あまりありませんよね。


だから、この本の中で出てくる
霊だとか能力だとかという言葉を素直に受け入れることが
できるんだと思います。


そういう見方、読み方をすればいいんですよ。



ある意味 世間の人がイメージする何やらワケの
わからない不思議な世界の話ではなくて、
信心というフィルターを通して見ればいいわけです。



で かなり本題に入る前に前置きが長くなったのですが、
そろそろ本の内容に入っていきますね。

初めに シュタイナーは

「どんな人間にも感覚的世界を超えて、
より高次な諸世界まで認識を広げることができる
能力がまどろんでいる」
と言うわけです。


感覚的世界というのは、五感で認識できる世界と
とらえていいでしょう。


次の「高次な諸世界」というところが、仏法で説くところの
世界観をあらわしているようで すごいですよね。


いわゆる六識・七識・八識・九識のことですね。


ただ シュタイナーはこの高次世界を認識するためには、
すでにその能力を身につけた人だけに限られるというわけです。


そんな能力 普通の人が普通の生活を送っていたら身につく
わけないんですよ。


そこにはやはり身につけるべき、環境が無いとね。


3、秘伝の伝授


古来 その高次の認識能力を持った人が
修行して身につけた特殊な能力を
授けるに足る人に教えてきた。


これが「秘伝」と呼ばれたというわけです。


まさに 唯受一人の大聖人様の仏法そのままですよね。



つまり「唯仏与仏」 仏だけしか知らない世界というのが
あって、
それには特別な人だけが教えを受けるという世界が
あったわけです。


これを創価員は簡単に誹謗中傷しますよね。


まず そんな世界があるなんて事すら信じませんからね。


だから未だに日顕猊下様の血脈についてそんなものは無かった
なんて誹謗中傷しているわけです。


また中には口伝・秘伝そのものを否定する人もいますからね。


また(秘伝を)「受けるに値しない人物に対しては如何程の
秘伝も伝授すべきでない、という当然の原則もまた、同様に存在する」
と言っているんです。


秘伝を授けられる人は、誰でも彼でも良いってわけじゃないでしょう。
と。


私達に置き換えて言えば、
正しい師のもとで、修行しなければ、高次の認識能力=信心は
身につけられないということの 理証の一つですね。


ホントは 今回の視点で書く予定ではなかったのですが、
スルーするにはもったいない記述だったたので紹介しました。
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妙法七字拝仰【7】

「帰命」のところで何で


「いじめ」について述べられているのってところ

にいくよ。



昨日 プロフィールを

少しリニューアルしたんだよね。



新たな知られざる過去も載せたんで

興味ある方はご覧ください。(笑)

プロフィール




で、そこでもふれたんだけど

高校時代に「いじめ」にあったんだよね。



で 日顕猊下のこの「いじめ」の考え

自分の「いじめ」観と 違っていたんですね。



そこで、新たな気付きが得られたんで

ここで シェアしていくね。




猊下は

「社会問題として、「いじめ」ということが

ありますが、あれはいじめるほうも悪いけれども、

いじめられるほうも悪いのです。」

と仰ってるのね。



いじめられた当事者としては、

ここのところ 素直に納得いかなくてね。




そもそも 人をいじめるやつがいなければ

いじめなんか世の中に起こらないんだよって

ずーっと思ってた。





だから いじめられる方も悪いって

そりゃ無いだろって思ったんだけど、

次にお説きの考えを拝して、なるほどな

と思った。




結局 いじめる方もいじめられる方も

「畜生の根性」になってるからだ。って

言う事なんだね。



「畜生の心は弱きをおどし強きをおそる。」

(佐渡御書)



だから、畜生は相手が弱いと思うと

徹底していじめておもしろがるんだと。

これが 学校や社会でのいじめの姿だと。



いじめられていた者も 正しい信仰を持つことで、

「臆するものは何もない。」という覚悟で毅然と

した態度で接すれば恐いものは何もない。

畜生は強い者には弱くなるから、

やがていじめも消滅していくんだってことなんだよ。


やっぱ 正法を持つことで、強くなるしかないんだよ。



このいじめ問題について、

今の教育者が人間には十界があり、

六道輪廻していることがわかっていないからなんだと

お説きになられている。



なるほどね。

確かに この悪世末法の世においては、

六道輪廻の低級な思想に染まっている

人間が充満しているから、

いじめも起きるんだってこと。



だから、そう簡単にはいじめはなくならないんだよ。

だって世の中 そういう人たちであふれているから。



で 結論はもうわかってきたよね。



一人一人が正法を持ち、毅然としていかなければ

ならないってことなんだよ。



だから 正法を広めるってことが

必要になってくるんだよ。



次に、大聖人様の仏法に帰依し、

正しい修行をしていけば、

自分自身の問題がまず解決する。

と 仰っているんだよね。



えーっ やっぱそうなの。



これはホントありがたいわー。


この信心すると 色んな問題が全部解決するんだって。



だから ニセ本尊いくら拝んでても

いっこうに自分の悩みが解決しなかったんだよね。



本来 正しい修行をしていったら

問題が解決していかなくちゃおかしいんだよ。


それが ますます悪化するって・・・。

もう あの時には戻りたくないわ ホント。



自分の問題が解決していけば、他の人にも

影響を与えていくって。

その通りだよね。


他の人にも直接的・間接的に 幸せにしていけるって

ことだよ。



だから 南無(帰命)が大事だと

お説きなんだね。

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妙法七字拝仰【6】

前回の 「帰命」の意味の

続きからだね。



で 今回は「諸苦」についての

お話からいくよ。




諸苦は いわゆる 四苦八苦って

やつだね。



生・老・病・死の四苦に

愛別離苦・怨憎会苦・求不得苦・五陰盛苦を

合わせた苦のこと。



人間 生きていれば 常にこれらの苦しみに

悩まされるってことだよね。



さらに 

「憂悲苦悩」(法華経P150)

って言う言葉があって、


心の中の「憂」い、

心の「悲」しみ、

肉体的・精神的「苦」しみ 

そして心の「悩」み


この憂悲苦悩も

やっぱり生きて行く上で

常について回るってくるよね。




で 結局 この「憂悲苦悩」が

起こる原因は何かって言うと



ずばり


小さな自分の我にとらわれることから

起こるんだって


言うことなんだよ。




じゃあ どうやって 対処したら

いいかって言うと


前回出てきた

「没我」つまり「帰命」するってこと

なんだけど。


正しい対象に帰命すると

本来の自分があらわれてくる。


毅然とした強さが出てきて

恐れや不安が なくなってくるんだって。



もう恐いもの無しの

無敵状態、

スーパーマリオ状態になるってことだね。



日顕猊下様は 

御自身の今までの誹謗中傷された体験を通して

このように仰られている。



南妙法蓮華経とお題目を唱えて帰命しているから



「何が起ころうとも動揺することがないのです。」



って かっこいい。



いやいや ホントこうなりたいものです。




今の世の中は 


本当の南無(帰命)の意義と

その対象の是非がわかっていない人が多いから

それだけ多くの人が迷っている。

って 仰ってるの。



まさに 

鬱・精神疾患・自殺者の多発 

なんかは これだよね。



結局

みんな 何に帰命していいか

わかんないから

迷ってるし 悩んでるんだよ。




次回は「いじめ」についてのお話に入るね。

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妙法七字拝仰【5】

では 「南無」の続き いこうか。


 前回は「南無」の意義に

 「帰命」があるよってところ
 
 まで だったね。 
 http://lionimp.blog84.fc2.com/blog-entry-125.html
 

 で「帰命」とは ってことだけど、


 命を帰すということだね。

 そのままじゃんって

 ツッコミはしないでね。(笑)



 自分の信仰の対象に

 自らの命を帰すっていう意味だね。



 だから ある意味 恐いんだよ。


 間違った信仰に 帰命しちゃうって ことがさ。


 学会のニセ本尊何かに

 帰命しちゃったら どうなんのって話だよ。



 脱会した人は 

 もう 

 自分の経験でよくわかっているよね。


 
 だからさ 大聖人様はこうお説きなんだよ。



 「本尊とは勝れたるを用(もち)ふべし」



 日蓮正宗の御本尊様 なかんずく 

 三大秘法の本門戒壇の大御本尊様 と

 
 創価学会平成5年作成ニセ本尊 と


 あなたは どっちに帰命するんだよってこと。

 


 もう明らかじゃん。



 さらに「南無」には「没我」

 っていう意味もあってね。

 
 帰命する対象に対して、

 自分自身の我を没するということ

 なんだよ。



 だから自分自身の我が強くて、

 正直じゃない人は

 帰命できないんだよ。


 だからちょっとぐらい

 人より何か優れたところがあるとか

 って 自分にうぬぼれてるような人は

 帰命の心が足りないってことだね。


 


 次は 人生に付きまとう「諸苦」について
 
 お話ししますね。

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妙法七字拝仰【4】

「南無」の語義

「南無」と「妙法蓮華経」の翻訳の違い

南無は 梵語で「ナム」と発音する。
それを漢字に当てたのが「南無」

「妙法蓮華経」の五字は梵語では
「サッダルマフンダリキャストーラ」と発音する。
だから、「妙法蓮華経」は漢語による意訳。

で その意味は
「サ」は妙、「ダルマ」は法、「フンダリキャ」は白蓮、「ソタラン」は経
ということで 妙法蓮華経と訳されたということだね。


で 何で梵語で「南無」だけ 意訳しないでそのまま梵音で読むかと言うと
それは「無翻」と言って、翻訳してしまうとその意味が失われてしまうという
意味から 翻訳しないでそのままの言葉の響きによってその意を深く汲み取る
っていう意義があるんだ。

妙法蓮華経は羅什三蔵が適切に翻訳した有翻で、南無は梵音のナムの深い意味をあらわして無翻
にしたということ。

で じゃ「南無」ってどんな意味があるのっていうと
一番大事な意義として「帰命」っていうことだね。

これについては ちょっと長くなるので次回にする。

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プロフィール

青木 祥

Author:青木 祥
元創価学会員の日蓮正宗信徒です。
平成20年無慈悲な創価学会よりクビと宣告されました。
創価学会の邪義とニセ本尊の害毒から一人でも多くの創価学会員を救うべく活動しています。

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